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「誇れる母に」 震災で娘亡くした悲しみ越え大学へ

‘11/1/17


庭で咲き誇るキンモクセイの花に「母さん、すごくいい匂い!」と声を弾ませ駆け寄ってきた娘の姿が目に焼き付いて離れない。兵庫県西宮市の中北富代なかきた・とみよさん(58)は、阪神大震災で中学2年の長女百合ゆりさん=当時(14)=を亡くした。

あれから16年。何も手に付かず、何も考えられない時期もあったが、陶芸や中国の弦楽器二胡にこの調べに心を癒やされ、中国語を学ぶために大学入学も果たした。「いつか会える時があれば『母さんの娘に生まれて良かった』と言ってもらえるよう成長することが目標です」

自宅は全壊。夫婦と息子2人は無事だったが、百合さん1人が犠牲に。火葬炉に入っていく娘を前に、呼吸できないほど泣き崩れた。二度と触れることも抱きしめることもできない。言葉にできない悲しみが襲った。

誰にも会えず、電話にも出られなくなった。ふとしたことで突然涙が込み上げる。はらはらと散る桜が、娘の命と重なって見えたこともあった。

「母さん、また陶芸行ったら?」。震災から5カ月後、仮設住宅で遺影に手を合わせていると、懐かしい娘の声がした。「家族で食卓を囲むささやかな器を作りたい」。足が遠のいていた陶芸教室に再び通うようになった。

黙って土に触る時間は心を癒やした。それでも「半分死んだようなもの。生きるしかないから仕方なく生きている。そんな風に斜めに構えていた」と振り返る。

2004年、耳にした二胡の音色に、傷ついた心が優しく包まれた。二胡を習い始めたのをきっかけに、中国に興味を抱き、大学で本格的に中国語を勉強したいと思うようになった。

母の介護や家事をしながらの受験勉強。「もうやめようかな」。遺影の前に座ると「母さん、受けるだけ受けてみたら」と励まされた気がした。09年春、狭き門をくぐり神戸市外国語大2年への編入試験に合格した。

折れそうになる心を支えてきたのは夫、幸こうさん(58)の存在と小さな目標だった。「ずっとふさぎ込んでいても、一生懸命に生きても、彼女の母親。同じなら後者でありたい」

【写真説明】娘の百合さんの遺影を背に思い出を語る中北富代さん=兵庫県西宮市